社会学部ゼミブログ

2021.10.12

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社会学部ブログ詳細「全学科共通」

学科・専攻・活動で「全学科共通」を選択しました

 ある若い娘さんは、銀座のショウウインドウの前で、その男を見たと云った。真鍮しんちゅうの手すりにもたれて、一人の背の高い男が、ガラス窓の中を覗き込んでいたが、ソフト帽のひさしを鼻の頭まで下げ、オーヴァコートのえりを耳の上まで立てて、顔をすっかり包んでいる様子が、何となく変だったので、娘さんは窓の中の陳列品に気をとられている様な風をして、首を延ばして、不意にヒョイと男の顔を覗いてやったという。すると、帽子のひさしと、外套の襟とのわず一寸いっすんばかりの隙間すきまから、目を射る様にギラギラと光ったものがある。ハッとして、青くなって、娘さんは男の側を離れてしまったが、男の顔は、古い鍍金仏ときんぶつみたいに、確かに確かに、無表情な黄金で出来ていたということだ。
 胸をドキドキさせて、遠くの方からながめていると、男は、正体を見顕みあらわされた妖怪の様に、非常に慌てて、まるで風にさらわれでもした様に、向うの闇と群集の中にまぎれ込んでしまった。男の覗いていたのはある有名な古物商の陳列窓で、そこの中央にはよしありげな邯鄲かんたん男の能面が鉄漿おはぐろの口を半開にして、細い目で正面を睨んでいたという。この不気味な能面と、男の黄金仮面の無表情の相似そうじについて、様々な信じ難い噂さえ伝えられた。